r:eadからの所思 人生はいつもほかのところにある

大体自分がトラブルに遭う時は、困難を上手く乗り超えた人間からコツを学びたいと考えている。
そのような考え方は、改革の根拠として他山の石を望み、そこから理想的なユートピアを構築することにほかならない。今日でも変わらず、われわれには一つの非常に美しいユートピアがある。また、人間自身が装って自分の行きすぎた鮮やかな過去に夢中になった時、自分より悪い競争相手を選択的に空想し、単に鮮やかな光によって作られた陰しか見ず、現実を直視せずに自分自身を麻痺させる。これはアヘン戦争の直前、中国の清王朝がイギリスに対して認識上無知だったことと同様である。
この理想化した他者との制度は、地理的また空間的な遠さに限らず、時間的な遠さの場合もある。従って、歴史を遡って何かを求めることには批判的なパワーもある。チャールズ一世の時、イギリス人はこの暴君の統制をいち早く倒そうとしたが、彼が本当に首を切られた後、彼の統制下の時代の所々が逆に人々に懐かしく思われるようになった。フランス大革命で殺されたルイ16世と皇后も同様であり、何年か後、皇后が死刑執行人の足を踏んだ後言った「申し訳ございません、わざと踏んだわけではありません」という言葉が逆に人々の印象に残った。この言葉から暗示された修養は、大革命で起こったすべてのことと比例していた。
人間と他の動物の違うところは、常に不満を感じることである。従って、他の場所、あるいは他の時代が今より素晴らしいかもしれないと、人間は思う。また、そういうことは歴史の中で循環的に繰り返されているようだ。英語の革命という言葉には循環という意味もあることもうなずける。
過去、あるいは遠いところに他山の石を探す原因の一つは、当然ながら、物事を批判するにはある段差が必要で、この段差が大きければ大きいほど、現実を覆すパワーがあるからだ。従って、人々がある白黒の対立を構築し、完璧に近く他者と何もない現実に対抗している状況を作る時もある。人々は常に自分の国を激しく批判しながら、無知で他の国のことを賛美しすぎる傾向にある。例えば、現在東洋の国々は西洋そのものではなく、西洋に関するある理想に頼っている。時々、人々は他人への賛美が単なる手段の一つであるのを忘れ、知らず知らずのうちに真剣になり、手段を目的と勘違いし、冷静に現実と自分自身を正視するのも忘れるようになる。実は、われわれの真の意図は、西洋を賛美することではなく、現実を痛感することだ。ピエールブルデューが主張したように、都市も田舎も常に同じ道理である。「一つ肯定できることがあって、それは農民の立場から、或は農民のために農民のことを考える。農民の美徳と農村を賛美する言葉は、ただ都市の労働者の悪習と都市の罪悪を批判するための遠回しの言い方にすぎない」
これはあらゆる人生がここではないどこかにあるということである。そもそも人間は現実を離れる満足感を容易に得ることができるので、別のどこかが憧れのユートピアになるわけだ。しかしながら、このユートピアが事実でも真実でもなく、建設性も足りていないのを指摘すると、問題点も出てくる。そのような構築に反対する人々に対し批評者たちは、彼らが事実を是正しているのではなく、現実を変えようともせず、既存の秩序を弁解しているだけだと考えている。批評者にとって、元々の意図とは、ある現実を超えている秩序のパワーを借りて現実を反省、批判することだ。こういう状況の中で、随波逐流せず、世の大勢に左右されない独立性のある考え方が非常にあり難くなるわけである。
アメリカに行ったことのない人は、固定イメージを通じて国を想像するしかない。アメリカ人の仕事ぶりに対して、我々はすでに先入観を持っている。だから、アメリカ(アメリカ人やその過去)を考えるとき、イメージで「アメリカ事情」を構成する。同様の心理で私たちは、自分の認識の中に思うような’世界の模様’を作り出す。これは理性の限界であるが、古代と伝統について確かに自己認識に従うものだ。
古代のことを振り返って見ると、星空を眺めているような感じがする。数多くの星は実際全く違う距離と大きさだが、私たちの目の中では、まるで同じ光である。その「広い曲面」はまた「空が丸、土が方」のように当然なことで、人類の本能的な反応のようだ。だから星空の無限な距離感や層別感を感じがたい。
現代中国人の古代についての想像は明朝中期のイメージに基づいて形成した普遍的な認識であり、この間新たな物事がたくさん出てきた。つまり、この段階の発展は、中国人の古代認識を作り直し、伝統文化へも影響している。そして、現時代に近いイメージをツールとして昔の想像を作る。特に伝統断裂の時代では、私たちに必要な「シンボル」がなかなか見つからず、古代を「組み直し」て作ることになる。「文化工作」という仕事は実際これに属している。たいていの現代人は「伝統文化」への理解もその時期の歴史認識に従う。もっと前の時代だったら、人造な「新文化」とも言えるだろう。「古代」という言葉と同じ、普遍的な伝統も変化や深さを欠いた単一なものとされるが、実は複数である。
さらに、「古代」と「伝統」の内部にも相互矛盾と競争がある。この隠された観点は「伝統」が全体的に否定され、また「古代」の普遍的なロマンス認識の原因になる。しかし、注意すべき点、我々が想像したあの「古代」は、昔からずっと変わらない訳ではない。特に現在この「欠片時代」の中で。

地図の隠喩
私たちは長い間、地図という存在に慣れていて、地図はただ世界を抽象的に再現しているだけだということを忘れがちである。私たちは、周囲の世界について熟知しているかもしれない。しかし熟知とは、ただ表象とイメージだけをよく知っているだけだ。また認識とは、あらかじめ仮想した表象も含まれると考える。前者は表面的であるが、生き生きしている。一方、後者は深刻だが、概念的である。
ただリアルな景色を感知する人と比べ、地図を見ることができる人はよりレベルの高い思考能力を持っていると思う。こういう人は抽象的な点あるいは線や面で、前者が想像できない空間の関係を感知することができる。地図とは一連の記号の凝縮だからである。一つの点で一つの町や村を表し、一つの線で一つの道や川を表し、一つの青い色の面は海を表すことになる。地図を作る持続的な努力自体は一種の衝動だろう。この世界をそのまま表し、抽象的な記号を通して世界を認知・把握・コントロールする。ところが、アーティストに対する要求は兼ね備えることである。これはダ・ヴィンチのすごいところでもある。
「世界」は変わらないものではなく、違う時代の違う人にとって、その範囲と意味にはかなり差がある。大勢の人が指摘しているように、人々は自分の知っている、もしくは見たいと思っている世界を地図で表す。これは認知能力の制約であり、想像と理解の制約でもある。中世の人はアメリカ大陸を描くことができなかったし、エルサレムという聖域を世界の中心にした。それは彼らがそのように世界を構想し理解しているからだ。その時代において、地図は神様が集まる所だった。古代の地図を振り返ってみると、比例と尺が少し歪んでいて、物足りないと感じることがあるが、それがその時代の人が見ている空間なのかもしれない。地図の地理に関する想像は常にある観念と思想を潜んでいる。実はこの微妙な心理は現代においても同じではないかと思う。中国が出版している世界地図だと、中国は世界の中央にあるように見える。またヨーロッパを中心にする地図から見れば、中国大陸・台湾・朝鮮半島・日本列島は右側の隅におかれてしまって、形が歪んでいて、世界の端っこでぶるぶると震えながら、お互いに頼っているように見える。
地図を読めるのは古代ではまだ少数の人しか持っていなかった権利なのかもしれない。しかし印刷術が普及するにつれ、それはもう皆の経験となった。この新たな時代では、世界は上に伸びたり下に墜落したりできるような縦に多層な空間ではないと知られている。天国も地獄も、平たく、目の前に展開していく広い面になっている。
地図をつくる技術の発展は二つの流れがある。一つは「極めて大きな多様性からある種の理性的なかつ操作できるような構造」に測量し、そして、測量する側と測量される側の間に主観的な、あるいは、客観的な二極化した概念を形成する。世界は「故郷」ではなくなり「居場所」となる。世界も国家も独立した、実態化したイメージとなる。一方、もう一つの流れは、より分かりにくい。測量技術の発達により、地図があらわしている世界は本当の世界であることを人々に思わせることができた。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの夢は有名だ。地図を本当の世界と等身大の比例で作ること。この地図はリアルなものではなく、バーチャルなものである。ところがこの夢の実現の前に、世界に科学的で正確で完全で普遍的な表現ができたので、世界自体がある巨大な地図と想像されてきた。そして、今、世界は地図があらわしているように存在しているのだと人々に深く信じられている。
このようなことは、私たちのツール、例えばハサミかハンマーに対する認識と同じであると思う。切実な認識は、使うことを通して得た経験から生まれるもので、ツールそのものの形と関係ないはずだ。だから、カフカは「自分の無知さと、自分が永遠に手に入れられないものが何かということを認識させてくれるのは旅しかない。」と言えたのかもれない。
これで、リアルとバーチャルの間の境界線が曖昧になってしまい、その二つの関係が逆にもなってしまった。地図は本当の世界のように作るべきではなく、本当の世界は地図が示しているように存在すべきだということになってしまった。「紙に書いているヒントに頼りながら物を探す」ように、全てのリアルと再現の間に隙と差がないわけがない。リアルな人や景色は写真みたいに美しくないと、私たちはよくこうやって現実の世界に対して失望したりする。なので、地図を頼って世界を知ろうとする人ももちろんそう考えるだろう。地図は記号が濃縮してできた抽象的な平面図で、間違った距離感と空間意識を生み出す可能性が高いだろう。
このような状況で、「地政学」というのは「地図学」と呼ぶべきではないかとも思う。それにいわゆる「愛国主義」というのは、「国」を愛しているというより、「形」を愛しているのではないだろうか。イタリア人が愛しているのは一つのブーツで、中国人が愛しているのは一匹の鶏である。けれど、このはっきりした形に比べて、本当の現実は逆に抽象的なものになってしまった。
地図が映し出すのは事実というより人々の考えだ。しかし、この考えはよく事実だと認識され、人を間違った方向に導く傾向にある。例えば、地図上同じ丸い記号で表されている町は、おなじ状況にあるだろうと勘違いされたりすることがある。これは政治地図を作る時に一番顕著だ。現代の人が描いた歴史地図の上には、いつもはっきりとしている境界線がある。まるでそれは歴史上に本当に存在しているように見える。現代において、国境線と政治区域の表示方法について、我々はよくこんな勘違いをしている。国境線の両側に雪と墨のような違いがあり、それぞれの内部は均質なる実体が存在しており、そして、これらの実体は「国家」というものが形成されたずっと前に、存在しているものだ、と。しかし実際は、たとえばソマリアのような国家は、どこの視点から見ても、国家としてはもうすでに存在していないのにもかかわらず、全てのアフリカ大陸の政治地図の上に登場している。まるで、あの土地には何も起こらなかったように。一方、オランダは現代の人が復元した古代ローマの地図ではローマの境界線で二つに割れてしまっている。しかし今の地図から見ると、ローマという国自体は地図に存在せず、そこにあるのは、オランダだけだ。
人の経験した世界と世界の実体の間に本質の違いがある。それなのに本当の世界は我々が体験している世界と同じものであるはずだと思われている。いくら挫折してもその考えを諦めないのだ。
人は世界に対してこのような振る舞いなのだから、お互いに付き合う時にはなおさら、同じような振る舞いをしている。これは先天的な「文明の傲慢」だと思う。たまには運良く地理の距離を間違って計算し、コロンブスは新大陸を発見した。たまには笑い話になることもある。19世紀初期、誰かが北アメリカ大陸の地図の西南部に「アメリカ大砂漠」を描いてしまったせいで、当時の開拓者は自分たちがこれから肥沃な大平原を越えようとしていることを知らずに、砂漠に備えてラクダを用意してしまった。
近代になると、地図はただの再現ツールではなく、改造するためのツールになった。フランスは1789年以降、歴史地理のことを一切考えず国を一つ一つのブロックで分けて管理した。列強も同じくアフリカ大陸、アメリカ大陸を制覇する時に、地図の上にそのまま線を引いて境界線を作った。さらに、計画設計図を書くときにも、よく現地の事情を参考にしないで地図上に線を引くことがある。これは実は権力の要求でもある。現実は地図のように存在しており、我々は地図の上でその土地のことを変えたり、完成させたりすることができる。そのため、L.Aは都市計画が失敗した典型的な例になった。ルイス・マウントバッテンの方針は直接インド・パキスタン分離独立とそのあとの戦争に結びつき、間接的に、バングラデシュという新しい国家も作りだした。
こうして、「東アジア」という概念が生み出された。これは地図だけではなく、知らず知らずのうちに人々の「願望」として受け取られた。そして、「権力」を握っている者にとってはなおさら。最後に、補充したいのは、「東アジア」のもう一つの名前だ。それは「極東」という…。

2014年3月10日 東京

東アジアは空っぽである。

今日における「東アジア」とは、アメリカの視点からの東アジアか、安倍氏と習近平氏との間の東アジアか、普遍的価値から考えた東アジアか、それとも中国人、日本人あるいは韓国人にとっての東アジアのことだろうか。
いずれの立場に立って考える場合でも、いわゆる「東アジア」に含まれる地域と文化を自分で歩いたことも経験したこともない人は、真実とはほど遠い無知さと偏見で、自分でもどこから生まれたのかわからないような論点を人に披露しようとする。そして、その論点のための論拠を探し、時には自分で論拠を作り上げたりさえもするようになる。
そうなると、人は物事の表面しか見えなくなり、自分の頭で考える力や知恵を失うことになる。本当の世界を見ども見えず、まるでサーカスの犬のようにどんな訓練でも受け入れる。
今日の世界はグローバル化しているということを忘れないでほしい!グローバル化が文化にもたらした大きなリスクの一つは、私たちが「奴隷」のようになったのにも関わらず、それをまだ認識していない上、さらに独りよがりになっていることだ。「正確性」の価値はすこしずつ小さくなっているのに、大多数の人はそれについて疑問も持たない。それは目覚めもしない、茹でカエルのようだ。
東アジアと関係のないことを記述しているかもしれない。しかし、まずこの話を議論しないと、真の問題に辿り着けない。つまり、もし私たちの議論が前述の話のような状況に当てはまってしまうなら、その議論は「学術」に見せかけた偽りの議論なのだ。
私は一人の「真心」を持つアーティストとして、このような「学術議論」は酒の肴にすぎないと思う。もし私たちの議論を形だけでないものにしたいのであれば、最初から計算された枠に全部の問題を入れ込むべきではない。このことは大多数の人にとっては難しいことなのかもしれない。なぜなら多くの人が求めているのは「安心感」で、真理を追求することは結局危険なことだからだ。私たちが本当に議論を通じてやるべきことは「動物園での狩り」や「公園での探検」ではない。

さていよいよ、「東アジア」のことについて話そう。まず、古典主義と政治はもう時代遅れだ。今の世界はとっくの昔にそのゲームをやめた。昔は領土を開拓し、帝国を築いたが、今はルールが全く変わっている。だから、狭量の民族主義と愛国主義はバカげているし、自分を麻痺させる以外に何の役にも立たない。勿論、政治家たちにとってはまだ使えるが、それは「バカ」な国民の投票、あるいは支持を得る力があるからだ。それに、東アジアはアメリカのように自然に民族主義をシャットアウトしていないし、ヨーロッパのように痛ましい経験をして教訓を得てもいない。だから、民族主義はまだここで受け入れられる。私たちの「カワイイ東アジア」を議論するならば、今日の民族主義を整理して明確にしなければならない。今日の民族主義は私から見れば、浅はかな考えの産物で、昨日までの歴史ではなく、明日も必ず違う。
この「民族主義」は日中韓を一掃し、さらに台湾にまで影響を与え、近代の歴史発展と政治変局に深く関係している。そのため人々は知らず知らずのうちに歴史と政治の操り人形になっている。しかし彼らは誰も自覚がなく、自分が深い見識と思想を持っているのだと勘違いしている。
実は私たちはある強大な、これに対抗する人がいないような体系に盲目的に従属している。この体系を西洋的か東洋的か、もしくは古代ギリシャ文明的かアメリカ文明的かというように断定はできないが、それは次第に吸収し、変化している。ただ私たちが今見ているのは西洋の(明確に言えばアメリカの)文化をコアにした文明体系だ。一つ例としてあげられるのは1ドル札の裏面にある「new order」だが、これはもう遥か昔の話だ。
アメリカ人が世界に対する構想を考えたのは「ヤルタ協定」よりもずっと早かった。「ヤルタ協定」の政治取引のために、東アジアで「混乱」が起きるよう昔から段取りをつけていた。そして新しい「国」さえも作り上げた。そのおかげで、私たち東アジアのいくつかの国は、よくお互いを見下し合ったり、憎み合ったりする。(まさにサーカスで飼っているサルと同じではないか!だから「民族主義」と「愛国主義」は極めてバカバカしいことなのだ。)東アジアの「混乱」は折よく「世界の秩序」のかけがえのない部分である。中国の共産主義と革命輸出と、その後の冷戦秩序と文明分断は、尽きることのない弊害をもたらした。
中国は東アジア文明の源、東アジア文明の中心だった。日本は清の時代から中国を追い抜き、東アジアのリーダーに取って代わった。これは、実際のところ、西洋文明が東洋文明を勝ち抜いたということである。そしてその時私たちは、やむなく西洋文明が世界の中心にあることを認めた。
中国と日本は基本的にお互いに学び合っている。昔は、日本は中国から学んだことが多かったが、近代になって中国は日本から学ぶことが多くなった。この二つの国は普段は仲がよく、時には義理堅い。
しかし、一定のバランスが取れると、必ず喧嘩することになる。唐の時代には一度、元の時代には二度(二度の間は短かったので、一度と数えてもいい。もちろんこれはモンゴル人によって建てられた当時の元の時代が中国として数えられるのであればの話だが)、明の時代には一度、清の時代には一度(第二次世界大戦はある意味でこの喧嘩の延長だと考えられる)。このように定期的に起こる喧嘩は、夫婦喧嘩に似ている。
(鄧小平時代の日本と中国はまだラブラブな恋愛期で、日本は当時ほぼ全ての財産を使い果たしたと言ってよいほど力を尽くして中国を援助した。中国も日本に対して驚くほどの市場開放をしていたが、)今は別れ話で騒いでいる。意地を張り合っているが、実は心の中でまだお互いのことを思っている。これについては毎日の新聞を読めば分かるはず。本当は日中の首脳は皆バカではない、かわいそうなだけだ。「民主」が災いを招く。民主によって全てのことを決めるべきではない。多数の人にとって、ある一つの事件に対する判断は簡単に概念化される。それはウォール街の金融の話をアーティストと議論することが想像できないのと同じだ。
韓国は辛い思いをしてきた。日本と中国と戦争を始めるたびに、いつも先に被害を被ってしまうのが朝鮮半島だ。冷戦の時も、朝鮮半島を分けて戦争最前線として利用した。今になってもこの状況はまだ変わっていない。だから韓国の民族主義はとても強く、理解することが難しい。そしてこの苦難の多い国家が今のように成熟していることは敬服に値すると思う。韓国人にとって、中国と日本は二人の「クソヤロウ」だと思っているかもしれない。さらに世界のいくつかの大きい勢力を持っている国もみんな「クソヤロウ」だと思っているのかもしれない。人々はいつも韓国人の家で喧嘩をし、朝鮮半島はそれに対して痛ましい代価を支払わなければならない。本当は私もそれについて怒りを感じている。そのせいで、韓国は文字も変え、独自の世界を作った。ただし、客観的に見るとこの部分は韓国の文化の中でも曖昧な部分である。政治と文化は関係がないからだ。短い歴史観で見ると確かに関係がありそうだが、長い目で見ると本当は関係がない。これはどちらかというと歴史に対する情緒的な反応で、百年後のことは誰も分からないのではないだろうか。

台湾人は中国人だが、日本人に感謝している。清政府が台湾で健全な通貨システムを打ち立てないでいるうちに、日本人が台湾人に近代文明の発展をもたらした。清政府が台湾を日本に渡したこと(当時「馬関条約(下関条約)」では、日本に山東半島の一部占領を認め、台湾を割与するとした)と台湾民主共和国の成立した後に国民党が台湾に入ったことは、台湾の民衆に「中国文化が最高だという考えを忘れよう」という感情を抱かせた。彼らの反応を見てもそれは明らかだ。
これらの問題は全て歴史と政治の分野に属し、歴史と政治は双子の兄弟のように分けて取り扱うことができない。政治は目の前の歴史のようなものだ。しかし、歴史は以前の政治に属する。彼らは二つの巨大な座標軸のようなもので、私たちすべてのものを定義する。私たちの世界中すべてのものが、その座標軸に従属している。たとえば父母兄弟、国家成立記念日、辞書など一つだけではない。この座標系統のなかで私たちは、「私が誰か?」ということをはっきり理解できる。これも私たちのプロジェクトの究極の目的だと思われる。
いかなる戦争変革や歴史変遷があるにせよ、歴史の長い流れの中にわれわれはある不思議な一貫性を見る。たとえばヨーロッパのヒトラーとナポレオンの二人は、ヨーロッパの大陸を主導した後に同じことを二つした。一つはイギリスを進撃し、二つ目はロシアに負けることだ。このことが近代の欧州文明の構成に影響しないと誰が言えただろう。(イギリスはユーロ圏に参加していない。) 彼らはキリスト教の文明体系に属する。
似通った歴史的関係を拡大していくと、私たちの過去はすべてキリスト文明、イスラム文明、(実はキリスト文明から分岐してできた)ギリシア文明、および東アジアの儒学文明、ユダヤ文明の間を取り囲むようにしてある。これらの文明の発展は「文明」と「戦国」の関係のようだ。時に連合し、時に対抗し、よろめきながら今日に達する。それは今でも相変わらず世界の問題の鍵となっている。ある事情の発生と発展は、つまり文明の衝突だ。もっとも深い核心にある原因を究明することが難しいのだ。
だから、文明は歴史と政治に次ぐ三つ目の座標軸になる。それぞれの文明背景は、世界に対して異なる認知と判断をもたらす。この三つの座標軸はお互いに主要なものと副次的なものを担当する。多くの場合、政治と歴史は実用的だ。例えば、日中の釣魚島(尖閣諸島)、日韓の竹島(独島)の争い、そして日本の北方四島の紛争、すべてこの二つの座標軸のあいだに属する。しかし文明は現実の実用性を備えていない場合が多い。長い目で見るとそれは一番重要に違いない。だから政治、歴史と文明、三つのものさしで世界の「存在」という座標系統を定義し、同時にお互いに牽制し合う。だからこそ私たちの世界は崩壊しない。これは、私たちが芸術と芸術家を必要とする要因かもしれない。もちろん音楽や哲学や詩も同じだ。
以上のことがふまえることで、私たちは「東アジアとは一体何か」という問いに近づくことができる。文明には新しいものを作り出す力と、無知を減らす力がある。我々の文明は、後者の傾向が強い。革新的な創造は、さまざまな問題を解決できるが、同時に多くの新しい問題をもたらす。一つの体系バランスを維持するために革新を加速させるだけで、一定程度まで加速すると新たに本質的な問題が発生する。そしてそこから新しい可能性が生まれるのは無知がなくなったときだ。これはまさに我々東方文明の特別な魅力の一つだ。
コップの価値は、材質や模様ではなく、空いていることにある。水或いはワインがたっぷり注がれた後、コップは価値を失う。ただ、コップの内容が絶えず更新されることで、コップは永遠の価値を持つことができる。しかし「更新」と「革新」は異なる。すべて成長と発展だが、異なる部分がある。
「東アジア」の問題について、我々が文明の観点から検討するならば、積極的に事件を促進する意義はある。政治と偏狭な歴史は、有限で不完全に違いない。文明の観点で重要なのは、我々の哲学文化観と世界観が「空っぽ」と「無限である可能性」に置かれていることにある。